HP管理人のブログ

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最大の壁。治りたくない気持ち。


マインドフルネス心理療法を本当に必要としている人に届けたいと願って活動しています。


正直なところ、統計で発表されているうつ病者111万人(潜在的には500万人)に対して、マインドフルネス心理療法を含めて、何かしらの心理療法を実際にやってみようと行動している人はとても少ないと感じます。


心理的課題を抱えた人の特徴のひとつでもある、不安や恐怖を抱きやすい。


変化が怖い。


それが治ることであっても。


もし治ったら、他人は今までとは違う接し方になるかもしれない不安。


治っていく過程で自分を否定してしまうのではないか?プライドが傷つくのではないか?すべき責任が増えてしまうのではないか?


いろんなことをひたすら繰り返し想像してまた不安を重ねてしまう。


だったら今のままでもいいや。続ける自信もないし。治る保証もないし。


たしかにそう思ってもまったくおかしくはないです。誰にもある普通の感情です。


でも、この不安や恐怖を本人がなんとか減らしたい、できれば無くしたい、と思わない限り、この悪循環も止まりません。


インターネットのインフラがある今の時代は、HPや本やテレビやセミナーを通じてマインドフルネス等の情報が世界的に広まり、もしかすると今世紀最大、おおげさに言うと人類史上で最も恵まれているかもしれません。


それを活かすことができるかどうかは各個人に、「縁」として委ねられています。


するもしないもあるがままのあなたです。するべきちょうどよい時にすることになります。今したいと思えないなら、ただ今するべきちょうどよい時ではないだけです。


一方で、そんなに広めたいなら私自身がもっと工夫する余地が沢山あることも分かっています。もし稲盛和夫哲学ならどう対応していくのか考えてみたい。


この文章を作っているのもその一環。何事も囚われ過ぎずにやるべきことを坦々と進めていく姿勢がマインドフルネス観点でも大切です。まだまだですね~(^-^)

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『自由への旅』読書感想


この本の感想を書きたいけど、ずっと書けないでいました。私なんかが書くにはとても不釣り合いなのではと思ってました。そう思わせるほどものすごく素晴らしい本です。


市販の書籍にはなっていないもうひとつの代表作である『夏の雪』を一緒に読むと、ウ・ジョーティカ氏のひととなりも理解できて、この本もより理解しやすくなると思います。


無人島にもし数冊しか持って行けないとしたら、迷わずこの本と『夏の雪』を印刷した冊子を力バンに入れます。


この本は「マインドフル瞑想の実践講義」という副題がついていますがその通りです。特定の流派で講義している感覚はほとんど感じません。


ただ受けとる準備ができてない人が読んでも何も感じないでしょう。何事もそういうものです。


マインドフルネスや瞑想を実践をする上でとても参考になる「世界地図のようなもの」でもあり、翻訳された魚川さんが「自由への旅」と邦題をつけてくれた意味を後書きを読んでとても腑に落ちました。


素晴らしい本を世に出してくださり感謝の一言です。


『自由への旅』ウ・ジョーティカ[著]魚川祐司[訳]



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『手放す生き方』を読んで


これは私が瞑想や禅に興味をもってすぐに縁あって手にした瞑想実践を教えてくれる本です。


親しみやすさの翻訳があってのことでしょうか、なぜか話し手の体温を感じられる暖かみのある内容です。


彼は何度も『ただそれだけ』『ありのままを見なさい』『過ぎ行くままにして手放しなさい』と繰り返しさとします。


自分と他人を比較せず、自分の意見さえも手放し、シンプルに自分自身を自分の感情や行動や心を観察するのが修行の道であると説きます。


瞑想や禅の不思議さに好奇心いっぱいだった当時に、日常の場こそが修行の場であることを初めて教えてくれた本でした。。。皿洗いするときはいつもこの本を思い出します(^-^)


皆さんにもお薦めしたい良書のひとつです。



『手放す生き方』アーチャン・チャー[著]:星飛雄馬[訳]

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『タオを生きる』バイロン・ケイティ


1分間に1万もの考えが浮上したとしても、それらを信じなければ、あなたの心は平和なままでいられます。


『タオを生きる』バイロン・ケイティ

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バイロンケイティ



この約5年間で大量の本を読みました。


ほぼそれくらいにしかお金を使っていないというか使えない(笑)

       

人間学社会学系(森信三、田坂広志など)、心理系、道徳哲学系、初期仏教・禅・瞑想関連、非二元・哲学系も沢山。


但し、ちゃんと読んでいたか、実践していたかはとても疑問で、直近では以下のような感じでした。


菅波亮介さんのブログに触発されて、たしか5年前に買って読んだはずのバイロンケイティの「ザ・ワーク」を本棚の奥からひっぱり出してきて再読しました。


なんか初めて読んだかのような感覚。


夢中になって読み直しました。。。衝撃です。


当時はなんか意味が分からなくて、さらっと目を通しただけで本棚に入れてしまったようです。


今は乾いたスポンジが水を吸収するが如く、スッキリと理解できました。


どうやら今が理解し実践するべきタイミングだったようです。


これ、本当に素晴らしいです。


どんな方にもおススメできます。但し自分に向きあえる人。


4つの質問を自分に問いかけるだけで(但し真剣に)、ストレスの元になっている考え方の水面下のビリーフ(思い込みや信念)を浮かび上がらせることができます。そして新たに生きるための考え方を教えてくれます。自分自身で気づくのであまり抵抗なく受け入れられます。


使い方によっては魔法のようなツールです。


読んで実践してみると、ただのツールではなく如何に生きるかの哲学であることが分かります。


これも「今ここ、あるがまま」です。


奥が本当に深い。


あらためて認識しました。ありがたいことです。毎日が発見です。




ネット上で配布されている紹介資料の序文を貼ります。PDFダウンロードは→こちら



バイロン・ケイティのワークにようこそ


序文

1986年に私は、現実と言い争う思考を信じるときにのみ、人は苦しむということを理解しました。現実がそうであるのに、そうであってほしくないと思っても、無駄なことです。それは、猫に「ワン」とほえろと教えるようなもので、死ぬまでがんばってみても、やはり猫は、あなたを見上げて、「にゃ~」となくだけでしょう。これは一見、当然のことのように見えます。けれどももしもよく見てみるならば、こういったたぐいの思考が一日のうちに山ほど現れることに気づくでしょう。「人はもっと優しくあるべきだ」「こどもは行儀よくあるべき」「隣の人はもっとちゃんと庭の手入れをすべきだ」「あの人は私を捨てるべきじゃなかったのに」「もっとやせなくては(あるいは、もっと魅力的にならなくては、もっと成功しなくては)」こういった思考は、今のままの現実に対し、そうであってほしくないと期待する声です。こうして、あらゆるストレス、欲求不満、落ち込みが生まれます。「ワーク」になじみのない人は、よく私にこう言います。「でも、現実に抗議することをやめたら、私は力をなくしてしまうでしょう。ただ受け入れてしまったら、消極的な人生になってしまう」̶それに対し、私は答えます。「ほんとうにそうだと、あなたに分かりますか」いったい、どちらの方があなたに力を与えるでしょうか。「あの人は私を捨てるべきじゃなかったのに」か、「あの人は行ってしまった。さて、私はどうしようか」か。現実をありのままに見ることで、知性的な選択をすることが可能になります。抗議することは、あなたを制限します。「ワーク」は、起こるべきではなかったのに、とあなたが考えていることは、起こるべきだったということを明らかにします。それは起こるべきだったのです。というのも、それは起こったのですから。そして、この世のどんな思考もそれを変えることはできません。だからといって、それを大目に見るとか、認めるということではないのです。消極的になるのはありません。それはただ、物事を抵抗なしに、内面の葛藤というストレスなしに見るということなのです。だれも自分の子どもに病気になってほしくはありません。だれも自分のパートナーに去ってもらいたくはありません。けれども、そういったことが起きたとき、マインドのなかでそれに抗議することが何の助けになるでしょうか。私たちは無邪気にそうしていますが、それはそれ以外のやり方を知らないからです。「ワーク」は現実とのあいだのつらい戦いをやめ、物事をクリアに見る方法を提供します。特定の、鋭い質問を用い、私たちの思考を調べ、自分の混乱に気づきます。これは自己認識です。マインドが自分に出会い、自分を紙の上にとどめ、それを問い直すことで、「あるがまま」に抗議をすることがもたらす因果関係を理解します。





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NHK 心の時代 シリーズ「唯識に生きる」


今朝は第5回の放送でした。来月が最終回。


小野アナウンサーがマインドフルネスを体験する企画も今回で終わりのようです。勉強になりました。


横山さんは「言葉はそのものを指し示さない」と何度も強調してました。同感です。


今回は理論物理学者の大栗さんと宗教学者の横山さんの対談がおもしろかったです。


見ている追求対象が宇宙などの外側を見ているか、心の内側を見ているかの大きな違い。


それなのに、幸福とは何かと問われた大栗先生の答えが、横山さんと一致したときの安堵感。さすが何事も追求している人は専門外であっても考えていることが深いです。でも途中までハラハラしながら観ていました。


編集前の対談を観たかった(^-^)



横山さんに幸福とは何かと問われ、「人間は目的を与えられずに生まれてきている。しかし機能は与えられている。機能を発揮しているときが幸わせであるのだろう...」


ここでようやく横山さんと一致し、横山さんいわく、「自然は全て与えられた機能を全面的に発揮している」


なるほど。

この人間と自然の違いを思うとき、今マインドフルネスに触れている意味が腑に落ちます。


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本日、記念すべき初めての体験会が無事終了しました!


皆さまのおかげさまです(^_^)


皆さんから貴重なご意見・ご感想を頂戴し、私もとても勉強になりました。


参加された方々にも、ひとつでも参考になるものがあったとしたらとても嬉しいです。(^_^)


本当にありがとうざいました。

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心の時代 シリーズ「唯識に生きる」


昨日の NHK「心の時代」はシリーズ「唯識に生きる」の第4回「深層からの健康」でした。


前回は食べる瞑想、今回は歩く瞑想をやっていましたね。


ただ歩く、呼吸に意識を向けてただ歩く。マインドフルネスに歩く。


数年前まではこの番組を見たこともなかったけれど最近はよく見ます。年齢と共に早起きになってきたからもあるかもしれません。


生活の全てが瞑想の対象なんですよね。座るだけが瞑想じゃない。


座るとしてもそれは日常に活かすため。


しかし本当は「何々のため」でもなく、全ての行為はそれそのもののためにあるんですね。そのことをついつい忘れてしまうから「今ここ」から意識が離れてしまいます。


心を込めて何かをする。それだけ。ただそれだけ。それが難しいのだけれど、それができたとき、結果的に心や脳をいたわることになります。


・・・あなたは歩くことのできる身体に感謝しながら歩いているでしょうか?


・・・あなたが心を込めてやっていることは何でしょうか?


・・・あなたが心を込めてやりたいことは何でしょうか?



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