HP管理人のブログ

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コーピングとは


気ばらしというと聞こえはよくありませんね。コーピングがほとんどの日常や目標になっては生きがいとは今の私には思えません。


NHKでもストレスキラーという特集をしてましたからご存知の方もたくさんおられるかと。


マインドフルネスや瞑想やいろんな心理療法を受けて取り組むに当たり、そこそこのエネルギーが必要です。そこがsimtの難点でもあります。


それには、その前に土を準備して植えてもすぐ枯れないように水やりやこまめなセルフフオローが必要なのです.


自分のことを手入れせずに誰も構ってくれません。当たり前です。


そこでコーピングです。セルフサービスです。


自分のための自分だけの個性あってもなくてもまねでもなんでも。お金がなるべくかけずにすむ長くやれる自分好みのストレス発散法です。認知としてはこの場は別扱いです。行動面です。


いろんな季節や状況に合わせて1年間に対応できるものが各季節にあればいいですね。


例えば


冬は

1)雪かき、雪ほり

・休みの日に家の前の雪をほってひと汗かく

・小さな雪カマクラをバケツの形を使ってプリンみたいに型抜きして重ねてレンガ風に。

・雪を電信柱に投げて命中させる。

2)熱いコーヒー

・ブルックスコーヒーを蒸らして香りを味わう

・お湯を注いであえて寒い外で味わう


時間が無くなってきたのでコーピング例はまた別途、または体験会でよろしければシェアしましょう。


とにかく数の多さでもないのですが多く細かくリストアップした方が助かる確率が増えます。


いろんなストレスにレベルに応じて対処するスキルも必要なのです。

1つのことを細分化して小さくして大きく味わえばいいのです。体験会でよくやっていただく「食べる瞑想」と同じことです。

なので気ばらしと訳すと変な感じですね。


難しくしたら本末転倒の部分もありますが、「瞑想的コーピング」と私は言いたいところです。


私はそのコーピングにまさに今日助けられました。中身は内緒です。体験会にいらっしゃる方にはお互いシェアして、笑えて助かる独自の個性ある感性あるコーピングで笑い飛ばしましょう。(^_^)


追伸1)・・・真面目な方限定のコーピングは「休みたいと心と身体が叫んでいるときは休んで陽射しを浴びるとか、昼寝でもして、心身をいたわりましょう。」です(^_^)


追伸2)・・・自分が疲労していたら貢献できることはとても少なく浅くなります。自身のことで精一杯になります。この経験を生かして今後はもう少し余裕をもってから再開しますね。


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本気で泣くということ、抑圧した感情を表現するということ


最近、といってもここ数年、良くも悪くも感情を表現するということの大切さを知識としては学んでいた。


先日のいじめを題材にしたドラマを見て心を揺さぶられたのもきっかけのひとつかもしれませんが、


それは突然、今朝訪れた。


疲労困憊、寝不足、様々な大人としての地域や家族としての役割の責任と、自分がやりたいマインドフルネス関連活動が、3月全般もそうですが、この一日に特に集中してしまい、、、


、、、心の限界に達したようで


自然に感情が噴き出してしまった。


洗面所で「限界だ~自由に生きたい~」と声にならない声で号泣している自分がいました。


過去はマインドフルネスではないものの、思い出しているのは今、


であるならば、今ここで噴き出ている感情や感覚を時には抑圧せず安全な場所で自分の奥深くからの声にならない声を聞いてあげなくては、誰がいったい聞いてくれるのでしょうか?


きっと幼い頃に感情を抑圧することが生きる上で安全なのだと学んでしまう傾向や環境があったのだと思います。思い当たる節はあります。


幼い頃ではないですが、記憶にあるのは、今となれば懐かしい3年間の中学時代のいじめで感情を抑圧していたのかもしれない。


中心だった人は今思えば個人としては悪いやつとも思えないが、数年後、もっとやりたいこともあっただろうにバイク事故で先に亡くなってしまいました。


縁とはいえ悲しい時間でもあった。反面、やはり今の自分を形成している出来事、自分の一部であることはまちがいないのであろうと思う。人生無駄なものはないですね。


それ以降、

表面の記憶にない涙をこらえた事はたくさんあったかもしれませんが、仕事してから記憶にあるのは1回しかありません。たしか30代だったような(記憶?)やはり子育てに忙しく、自分だけはなるべく感情的にならないよう不充分とはいえ自分なりに抑圧していたと感じます。抑圧が悪いものとはつゆ知らず。家でも仕事場でも忙しく、心を亡くしていました。仕事場で助けを求めても皆さんそれぞれに役割があり忙しく、今思えば自分の勝手な期待感からの孤独感に移行し気もちが沈みこみ、浮上しないまま、仕事場を出て打ち合わせ中に近くの洗面所で号泣しました。この時は言葉なく。涙のみ。近くに2人いたが扱いに困ったかな。もし覚えていたら、あのときはすみません。


そして今、20年ぶりに泣いた。今までで最大だ。なんと声付きで。自分でも驚いた。これは家族に心配かけたかもしれず申し訳けない。今晩できる範囲で冷静に説明してみようとは思います。理解してもらえればそれでよいし、理解できなくてもそれはそれでいい。


いろんな役割からみたら、とてもとても完璧でも最上でもありません。


しかし、抑圧した感情を(できればおだやかに)安全な場所で表現することの偉大さ大切さを身をもって感じられた記念すべき記憶に残すべき一日なのかもしれませんし、バカやったなと後で笑える一日かもしれません。


皆さんもあまり深刻にならないうちに安全な場所で、できれば安全な人の前で相手を自分を批判非難することなく自分の気持ち感じていることを表現できたらいいですね。恥ずかしながら、これを反面教師(噴き出したという意味では)として参考になさってください。


これからは

フォーカシング(フェルトセンス苦手です)

ゲッシュタルト(今学び中です)

コアビリーフ(今学び中です)


の理解、観点、実践を踏まえて

マインドフルネスを中心に据えて

自分で自己洞察も

セルフカウンセリングも

していきます。


マインドフルネス的、ゲッシュタルト的には、「思考に気づき、思考のスイッチを切り、感覚比重を増やし(戻す)」


フォーカシング的には「自分の形にならないもやもやした違和感や感情に気づき、受け止め、表現」していく


人生の全てを賭けて、

そうはいっても大げさではなく囚われなく、、

楽しみながら、、、

できることはシェアしながら、、、、

私は今「・・・」を感じていると、、、、、表現し、


皆さん、それではよい一日を。


顔を洗って出直します(^_^)


追伸①・・・近々は土日の予定が立てられないほど3月~4月前半は忙しいのでたとえリクエストがあったとしても当面は心身をお休みさせて本業とプライベートに集中させて頂きます。


追伸②・・・マインドフルネスの私なりの体験では即日、リラックスレベルとして役に立ち満足する方も居れば、1年2年かけても葛藤が私のように未解決なものがある方も居ます。

ほとんどの人は世を去るまで同じようなものと思いますし、私は奇跡的に心のことを学ぶことができて幸せです。これはどの分野もどのレベルもどの役割でも全てに共通の普遍的なことです。会社にいてもいなくても普遍的なライフワークです。すぐに効果を得たいと思いがちな方にはあまりおすすめできません。実感するには時間がかかるようです。ゴールというものがもしあるなら→ありません、日常行動ができるようになるという心療的仮のゴールはあります。

知識があると横道にたくさん外れます。横道を楽しむ感覚も必要かもしれません。

・・・ということで、「な―んだ、この人は葛藤もっている未完了の人でたいしたことないね」と思われる方はそう思って頂いて構いません。

このままありのままの私という人間を違和感なくご覧になり、同じ方角で歩いてみてもいいかな、どうも正直なところはありそうだな、よく話せば本音で素直に共感もしてくれそう、ともしもこのブログを読んで、そう思われる方でしたらどうぞお問い合わせお申し込みをお願いいたします。

今のところ当面は、個人ワークでない限りはほぼ実費範囲です。サークルと同じような金額でライフワークにつながることに接続できるネット時代の奇跡です。


いくら受け入れる考えと気持ちが合っても波長、ウマ、体感が合う合わないはその人その人で異なりどうしようもないことですので、無理はできません。追伸が長くなりすみません。

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気づくこと


マインドフルネスの最大の要点は気づくことです。


だから気づけば何でもいいのです。


お腹や肩の痛みや


ネガティブな気持ちや


悲しい気持ちや


太陽の暖かさや


美味しいコーヒー


外の空気のにおい


本の香り


あたたかい眼差し


文字にあらわれる美しさ


足の裏の感触


気持ちのいい湯船


赤ちゃんの香りや泣き声


道行く人々の足音


心の声


全ては気づこうと思った瞬間に魔法のように「今ここ」に現れます。


全ては自分の一部です。







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どうしたら。。。


自殺しないで、させないで!→こちらのブログへ

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怒り、許せない人への対処


誰でも長年生きていれば、自分にとって辛い仕打ちを受けたことで許せないと思う人やその人のことを考えるだけで気持ちが乱れたり悲しくなったりする人がいることでしょう。


そんなとき、どうしたら楽になれるのでしょうか。

その思いはどこからやってくるのでしょうか。

感情が先でしょうか。それとも嫌な記憶があって思い出すという思考や想像力で感情が刺激されるのでしょうか。それともその人の姿や名前を見た瞬間に連鎖反応的に記憶を引き出してしまい、そうなるのでしょうか。


その時、今ここで誰がそれを選択しているのでしょうか。


今ここで、この文章を読んでいるあなたは少なくても今ここではその人はあなたに対して何もしていません。そうだとすれば、その辛い気持ちをわざわざ呼びおこしているのは自分自身ということになります。


どうしてわざわざ辛い気持ちになるのに呼びおこしてしまうのでしょうか。不思議です。


でもきっと何かそうする必要性が自分自身にあるのでしょう。それは承認欲かもしれませんし、本当の愛情を欲しているのかもしれません。自分の何かを守ろうとする思いから来るということでしょうか。その不思議なことを解いていくには自分の深く欲している本音の部分を自分自身で理解していくしかありません。理解していく作業が愛情そのものですから。頭でいろいろ考えても何も答えは見つかりません。感情のことは感情が心底納得しないと繰り返してしまいます。


許せない人を許さなければならないと無理に気持ちをコントロールする必要はありません。嫌な人のことを考えないように忘れるように頑張る必要もありません。頑張るほど抑圧するほど頭や心にこびり付いてしまいます。


今、自分が作り出し選んでしまったそれらの思考やストーリー。言い方を変えると、その思考やストーリーさえも作り出すすごい機能を持っている自分という存在が今ここに在る。そのことをなんとなくイメージするだけでも今までとは少し違った風景や感覚にならないでしょうか。


嫌なことを思い出してしまうようなどうしょうもない自分と思っていたかもしれませんが、実は自分の心の作用で心のスクリーンに世界を映しています。スクリーンに映る映像は自分が今ここで見たいものだけを選んでいます。しかし選んでしまったものはとりあえずはしかたがありません。


今すぐできること、少しでも楽になるために、「今ここ」に戻ることのできる呼吸法という生きる知恵があることを思い出しましょう。


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コントロールできることはある?


今からもう雪さん降らないで、とお願いしたいくらいの雪が積もりました。

天候には逆らえないし、コントロールできません。コントロールできる領域ではありませんから。それは当たり前だとよく分かっているから雪を恨んだりもしないしそれほどストレスになりません。お前の(雪)のせいでこんなに汗だくになったなんてこと思わないですよね。


だけどそれが人間で自分ではない他人だったらどうですか?何かを期待しますね。思う通りに動いてくれない場合はストレスになります。他人の行動は、命令できる役割の人から指示されれば、受ける役割の人は仕事ならばミッションとしてたとえ意に沿わなくてもそれなりに動いてくれます。でもその人の思考や感情までは思う通りになりません。本音が隠れているとき、仕事の質を大きく左右します。他人の思考や感情もコントロールできない領域です。ここを頭で理解してもついつい錯覚して期待するからストレスになるのですね。


それでは自分は自分自身をコントロールできてるのでしょうか?あのことは考えたくないと思いながら考えてしまう悩みのようなもの。こころあたりがありますよね?そうだとすれば自分の思考もコントロールできるとは言い切れません。感情はもっとコントロールできません。逆にコントロールするべきではない領域です。


そう思うと何ひとつ本当の意味ではコントロールできないのですね。あるがままに物事が流れて行きます。だからといって何もしないであきらめるということではありません。あるがままに感じて自覚して観察して受け入れつつ必要と思ったことを淡々と行動に移していく。。。


雪掘りで疲れたので最後の締めの言葉がうまく書けませんが、コントロール出来ないことを出来ると錯覚してしまうフィルターを雪のように溶かしてしまいましょう。そうすれば気持ちが少しは楽になれますよ、というお話しでした。


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苦しいなら自分の考えを疑うことも必要


ストレスや苦しさがあるとき、そこには思考のクセである信念が必ず存在する。どんな現実だとしてもそれが現実。その現実を無視していつまでも自分が正しいと思っている。マインドフルネスを始めてみても、その見方が変わっていかなければ果てしなく苦悩は続く。


アドバイスを受けても、心に柔軟性がなければ、自分の考えが正しいと考える限りは苦悩は何も変わらない。聞きたいことしか耳に入らないため、ほとんどのアドバイスは役に立たない。


だから、ストレスがあるとき、苦しいときくらいは自分で自分の考えを疑ってみることが大切になる。疑ることでようやく気づけることがある。調べもしないで否定することとは意味が全く異なる。本当は自分のことは自分が一番よく知っている。他の人から自分の本音を観ることはできない。(カウンセラーの援助で本音を見つけ出すことはできるかもしれないが)


人に言われたことは納得できなくても、自分で気づいたことは納得しやすいもので、知識では解決できない気づきの体験がそこにはある。但し、深い気づきはマインドフルな状態でなければ得られない。


マインドフルネスを続けると自然に見方が広くなってくる。俯瞰的な視野になる。自分の中に全ての答えがあることに気づいてくる。

しかし、何に対してどんな問いかけをするのかが重要だ。そして自分を正当化せずに真剣に問いかけていく。それが自己洞察のプロセスであると理解している。


たまには自分に対してこう問いかけてみよう。それは本当か?


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今日は町内の「さいの神」


雪を踏み固めてスペースをつくるのに大勢で頑張りました。

新雪をかんじきで踏むのですが、腿上げしないとできないので日頃の運動不足を痛感しつつ、マインドフルに踏みました。


小正月を健康のまま迎えられてよかった。(^_^)


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